アエラ「ロビイストが変える政策」

2007年10月15日(月)

参院の与野党逆転が、財界・官庁と政党との付き合い方を変えた。自民党一辺倒からの脱却に、新種のロビイストがビジネスチャンスをうかがっている。

面会する国会議員は、多いと一日10人はくだらない。自民党だけでなく、民主党の議員とも顔をつないでおく。重要な衆参の委員会質疑は欠かさずチェックする。「私の仕事は表に出ずにステルス戦闘機的な動き方をしないといけません」精悍な顔つきの40歳代の男性は、そう言った。秘密裏に進めるその仕事とは「ザ・ロビイスト」。企業や団体を顧客にし、政治家や官僚に水面下で働きかける。「業界や団体の利益誘導丸出しの依頼は、お断りしています。ロビーというと胡散臭く見られるので、私は自分の仕事を『政策アドボカシー』と説明しています」聞き慣れない言葉だが、アドボカシーには「唱道」という意味がある。米ワシントンのロビイング事務所で働いてきた彼は、議員立法を手助けする米国流ロビイングに魅力を感じ、日本への移植を試みる。「日本のためになる」と彼が受け止めた案件を主に引き受け、政策形成過程に関与する。民主党が第一党となった参院選後、このロビイストのもとへは、これまで自民党一辺倒で民主党へのパイプがなかった企業を中心に引き合いが急増している。

民主党とのパイプ求め

日本経団連や日本商工会議所といった自民党の応援団が「早急に民主党との関係構築を図る必要がある」と姿勢を変えた。財務省などの省庁も「以前は課長クラスだったが、最近は局長クラスが説明や挨拶にくる」(民主党の峰崎直樹参院議員)と、両天秤にかける。そうしたさざ波が、霞が関や永田町の動向に気を配る企業に大波となって打ち寄せ、いまや「民主党とのパイプ」は大きなビジネスチャンスになっているのだ。「外資系製薬会社などを中心に『民主党とのパイプ』を求めるニーズが高まっています」と、あるロビイストは言った。実際、民主党の大塚耕平参院政審会長代理のもとへは、米製薬大手メルクやジョンソン&ジョンソンの米人幹部が、日本在住の米国人ロビイストに連れられて、わざわざ米本国から面会に現れた。民主党が厚生行政に影響力を及ぼすだろうと悟って、「とりあえず挨拶と顔つなぎにやってきたのではないか」と、大塚氏は受け止める。「投資銀行」と呼ばれるある外資系証券会社には、すでに自前のロビイストがいる。シンクタンクのワシントン駐在エコノミストを経て、自民党の有力政治家の秘書を務めたこともある人物だ。いまはその外資系証券会社で「政府関連担当 ヴァイス・プレジデント」という肩書を得る。「今までは自民党の部会という非公開の場で、官僚と族議員の談合によって政策が決まっていました。しかし、参院の与野党逆転によって、国会というオープンの場が政策論争の舞台になる。もはや密室政治は通用しないのです」霞が関を見下ろす超高層ビルの豪華な応接室で、彼はそんな時代観を披露してくれた。

外資系は自前で雇用

「私の仕事は、かつての銀行の『MOF担』(大蔵省担当)とはまったく違います。公共部門の民営化など政府関連ビジネスに参入する機会をうかがったり、欧米の金融当局が取り入れた規制を日本でも導入するよう働きかけたりします。顧客の外国企業に日本の政治状況や政策の違いを解説することも重要な仕事のひとつです」1990年代終盤、「ノーパンしゃぶしゃぶ」に代表される接待スキャンダルで、旧大蔵省・日銀と金融界との癒着の構図が浮かび上がった。その後「羮に懲りてなますを吹く」状態で、官と民に距離感が広がったが、小泉政権下、道路公団や郵政の民営化に伴って公共部門に「商機」が到来した。かくしてUBS、モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックスなど大手の外資系証券会社が自前のロビー担当者を雇うに至った。巨額マネーを操るインベストメントバンカー。M&Aの助言をするビジネスローヤー。米国流の新種のプロフェッショナルな職場が続々日本で生まれるなか、日本への移入が遅れた最後の仕事がロビイストかもしれない。参院選が迫った今年6月、ロビイングビジネスに関心をもつ人たちが集まって「ロビー活動勉強会」が旗揚げした。参画したのは、外資系証券会社の社員や政治家の秘書、大手広告会社の関係者ら約20人だ。事務局を務めるPR会社ベクトルの西江肇司社長(39)は、「いつかは日本でもロビイングがビジネスになるだろうと思って、始めました」と狙いを語る。ただ単に政治家に陳情するだけではなく、特定の政策課題をマスコミを通じてPRし、世論喚起する演出にビジネスの可能性を感じている。勉強会の中心メンバー、新日本パブリック・アフェアーズの小原泰代表は、日本に新しいスタイルのロビイングビジネスを根付かせようという先駆者の一人である。「政策形成過程をオープンにし、なおかつ持続可能な社会をめざすための社会的責任という視点も今後、求められていくでしょう」

米国では約3万人

新日本監査法人が2005年に設立した新日本パブリック・アフェアーズには、会計士をはじめ、元経産省キャリア官僚や自民、民主両党議員の秘書経験者らが集まる。省庁や地方自治体の政策立案に助言する業務が主軸だが、霞が関や永田町のどのボタンをどの順番で押せばいいのか、政策形成過程への影響力行使に関する水先案内人役も買って出る。約3万人の米国ロビイストの多くは、大手法律事務所やPR会社に属している。民主、共和両党の大物議員も引退後は古巣の議会でロビー活動をする。日本と違って議員が法律をつくる彼の国では、議員が立法の動きを見せるや否や、さまざまな利害関係団体がロビイストを通じて接触を図る。もちろん「カネとオンナ」が介在しかねないせいか、法律で議会に登録が義務づけられるうえ、どの顧客からいくらでどんな案件を請け負っているか、情報はガラス張りに開示されている。例えば、ゼネラル・エレクトリック(GE)が07年までの10年間にロビイングに使った費用は約1億5000万ドルだったし、ボーイングは約8200万ドルだった。ここまでインターネット上で公開されている。

元議員をスカウト

ソフトバンクの嶋聡社長室長(49)は、もとは3期9年間務めた民主党の国会議員だった。05年に落選した際に孫正義社長にスカウトされ、以来、省庁、政治家、財界団体への渉外活動に深く携わる。日本企業が国会議員OBを自前のロビイストとして起用した初めての事例と見られる。「ソフトバンクほど規模が大きくなった企業でさえ、驚くほど政治や行政の内部のことを知らない。官民の情報ギャップの格差がこんなにあるとは思いませんでした」逆にそこが嶋氏のソフトバンクにおける存在意義でもある。ネット企業時代は規制を受ける法律がなかったソフトバンクは、通信業に参入したいま、電気通信事業法など九つの法律に縛られる。当然のように、嶋氏を重宝する。具体的な仕事の中身は「トップシークレット」と言う嶋氏だが、竹中平蔵氏が総務相時代は竹中氏のブレーンや参謀役に水面下で交渉し、法改正を後押ししたという。もっとも、こうした米国流ロビイングの直輸入を冷ややかに見る向きもある。大手米国企業を顧客にし、自民党の閣僚経験者を顧問にいただく米国人ロビイストは、「日本の役所や政治家は『仲介人』を嫌い、本人が出てこい、となる。20年も前から米国流ロビイングビジネスを日本でも導入したがる動きが『出ては消え』してきました。なかなか米国流は日本で根付かないし、大事なことは米国でも密室政治ですよ」と語る。ただ、その彼でさえ、「もはや伝統的な利益誘導型の陳情や自民党だけへのアプローチは有効ではなくなってきています」と打ち明ける。自民党一辺倒だった経団連をはじめ、自民党の応援団は今後、大幅な軌道修正が図られるだろう。政党との付き合い方に地殻変動が起きているのだ。